
第十回 良い文章を書くには(3)
第十回 良い文章を書くには(3)
良い文章を書くには、まず第一に読むこと。第二に常に書き続け、訓練を怠らないこと、と申しました。
では逆に、悪い文章とはどんなものかを考えてみたいと思います。
おそらく最高に悪い文章は何を言っているのかわからない文章でしょう。
つまり、書き手の意図が読者に伝わらない。小説でいえば、今作中でしゃべっている人物が誰なのかわからなかったり、場所がどこなのかわからなかったり、何をしているのかわからなかったり。
この場合、原因はいくつかあります。
ひとつにはセンテンスが長すぎるケース。これは文章を書きはじめの人によく見かけます。主語と述語の間が長くなりすぎてちぐはぐになってしまうのです。
この対策はセンテンスを区切る、に尽きるでしょう。
長い文章をいくつかの短い文章に分割してしまうのです。例文を見てください。
カッとなりやすいタケシは怒ってスネオを殴り倒すと、広い公園のこちら側に駆けてきて驚いているシズカの手を取って跪き、スネオが君を罵ったのはおれのせいだった。許してくれと懇願した。
ひとつの文章の中にいくつもの事象が含まれていて、誰がどういう状況なのかとてもわかりにくくなっています。これを短いセンテンスに区切ってみましょう。
カッとなりやすいタケシは怒ってスネオを殴り倒した。広い公園のこちら側に駆けてきた。(彼は)驚いているシズカの手を取った。跪いて「スネオが君を罵ったのはおれのせいだった。許してくれ」と懇願した。
かなりスッキリしたと思いませんか。
ここまで短く区切らなくても、と思うならもう少しつなげてもいいでしょう。
カッとなりやすいタケシは怒ってスネオを殴り倒すと、公園のこちら側に駆けてきた。驚いているシズカの手を取って跪いた。
「スネオが君を罵ったのはおれのせいだった。許してくれ」と懇願した。
どの長さで、どのように区切るのはリズム感です。
そう! 文章にはリズム感も必要なのです。
小学校の頃に国語の教科書を音読した経験はどなたもお持ちではないかと思います。大人になると声をだして本を読むことはなかなかありません。けれども、良い文章を書くためには自分の作品を音読してみるのも効果的です。
著名な作家の作品は朗読されることもよくあります。現代ではネットなどで朗読されたデータを買うことすらできるのです。朗読に耐えうる作品を書くためにも、まずは自分で音読することをお勧めします。
センテンスの長短について川端康成は「新文章読本」の中で次のように述べています。
センテンスの長短は、それぞれ特長と欠点を持って、その優劣は決すべきではないが、要は、用語と同様、このセンテンスの長短にそれぞれの作家の作風ありと、と知るべきである。
志賀直哉、菊池寛、武者小路実篤各氏の文書のセンテンスは、短い。一体にこの「短いセンテンス」は、日本ばかりでなく西洋に於いても、近大文芸の一つの特色となっていたようであるが、最近はまた戦後の特色として、長いセンテンスの文章が多くなってきている。
センテンスの長短は併し、決して偶然ではなくて、作家の文学観につながるものであろう。なお余談だが、人によれば、作者の健康状態の反映ともする。血気さかんな青年期には、ダイナミックな文体を綴るに短いセンテンスを以てし、反対に老年期に於いては、センテンスも次第に内省的に、ゆるやかな長い波を持つようになる、というが果たしてどうであろうか。
川端先生、この文章はセンテンスが長いですよ。戦後の特色に合わしているのでしょうか。
(担当:幸森軍也)




