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小説を書いてみよう

第七回 文章を書くときのルール(7)

第七回 文章を書くときのルール(7)


 小説を書き進めていくうえで、避けて通れないことにキャラクターを登場せさることがあります。登場人物がでてこない小説は、おそらくほとんどないでしょう。
 SF小説ではまれに人物=人間でないキャラクターもいるので、必ずしも人間に限定するわけにもいきませんけれども。アークで配信している川又千秋先生の「星狩人」は登場人物の片方がアメーバーのような宇宙人です。筒井康隆先生の「虚航船団」は文房具がイタチの惑星を攻める物語で、人間は登場しません。けれども、読者が感情移入できるような仕掛を作ることでキャラクターとして活き活きと活躍しています。
 いったいどのようなキャラクターを物語の中に配置するべきなのか。物語の構築とともに、人物の造形は小説を創作するうえで醍醐味のひとつといえると思います。


 しかし、その前に、物語の進行役を決めなければなりません。すなわち、語り手です。
 物語の進行役はおおむね一人称か三人称で書かれます。日本語には一人称はたくさんあります。「わたし」「おれ」「ボク」「私」「ワタシ」などなど……。
 これは物語を進めていくうえで、その物語の中身、内容とも関わってきますから、自分が普段自分のことを「おれ」と呼んでいるからといって「おれ」と書けばいいとも限りません。


 新井素子先生のデビュー作「あたしの中の…」は「あたし」と小説の内容が見事にマッチした物語の進行役でしたし、栗本薫先生の「ぼくらの時代」の「ぼく」も少し頼りない大学生キャラが作品の根幹をなす進行役として味をだしていました。これが「私」や「おれ」であったなら、ああまで小説が読者に届かなかったのではないでしょうか。
 同様に夏目漱石の「こころ」も「わたし」が物語の語り手になっていて、落ち着いた雰囲気をだしています。一方「坊っちゃん」では「おれ」が主人公になっていて、坊っちゃんの活発な性格を表しているでしょう。
 このように、その物語がどんなストーリーなのかによって進行役たる語り手の一人称が変わってきます。
 他方、三人称が進行役になることもあります。登場人物の名前が物語の進行役を務める場合です。


 伊藤一夫は人類発生の秘密を探るべく、過去に戻っていった。一夫はどことも知れない異次元空間から、コマ落としのフィルムを見ているように地球上に生物が発生していくさまを観察していた。


 例文では、伊藤一夫さんが主人公であり、物語の進行役のようです。けれども、全国の伊藤一夫さんには申し訳ないのですが、人類発生の秘密を解明するような偉業を達成する名前としては、ややインパクトに欠けるように思いませんか。とてつもない秘密を暴くのであれば、やはりそれなりの主人公名を付けるべきでしょう。
 猿田博士に変えてみましょう。


 猿田博士は人類発生の秘密を探るべく、過去に戻っていった。猿田はどことも知れない異次元空間から、コマ落としのフィルムを見ているように地球上に生物が発生していくさまを観察していた。


 どうです? なんだか伊藤一夫さんよりインパクトがありませんか。
 読者は何百ページもの文章を読まされ、多くの登場人物を記憶しなくてはなりませんから、それぞれの登場人物も名前だけでそのキャラクターが類推できるように名付けてやるよう、作者は心がけたいものです。最初に、登場人物が作品中にでてきたときは、その名前にフリガナをつけるようにしましょう。特に読みにくい名前や、幾通りも読み方がある名前の場合は必須です。
 当然外国名のキャラクターをだすときも同じことがいえます。さらに外国名だと、その読み方で国もある程度特定出来てしまうので、注意が必要です。チャールズはイギリスかアメリカですし、カールはドイツ系の名前になります。


 もっとも、事実は小説より奇なりといわれるように、実際の社会では変わった名前だからといって偉業を成せるわけではなく、意外と目立たない名前の人がとんでもない発明、発見をしたりするもんです。
 事実、幸森軍也にしたところで、なんということもない平凡な人畜無害な普通の人ですから、決して偉業など期待しないでくださいね。


(担当:幸森軍也)


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