
第六回 文章を書くときのルール(6)
第六回 文章を書くときのルール(6)
小説の書き方の基本として、過去形で書くことになっています。ライトノベル系の作品を読んでいると、かなりの部分でこれができていないものがあるように思います。
今、過去形と書きましたが、正確には完了形です。
中学、高校と英語を習ってきて、時制に注意するようしつこく指導されてきたことと思います。英語には現在形、過去形、未来形があると教えられてきたでしょう。けれども極端にいうと、日本語にはそのような厳密な時制はなく、大雑把に完了形と未完了しかないのです。
なぜ、文章を完了形で書かなければならないかというと、それは文章を書いているからです。
禅問答をしているんじゃないって?
いえいえ、文章である物語を書いているということは、あなたにとってその物語はすでに起こってしまった過去のことなのではないでしょうか。
それが例えSF小説で、舞台が二十三世紀であったとしても、その物語を紡ぐのですから、その物語を書いているあなたからみれば過去形=完了形で書くのが自然なことなのです。
二十一世紀初頭の現在から見れば、二十三世紀はもちろん未来です。しかし、未来だからといってその時制に合わせて書くとどうなるでしょうか?
二十三世紀、人類は宇宙に飛びだすだろう。地球の周辺に植民惑星を建設するかもしれない。宇宙空間に浮かぶであろう植民惑星でいづれ生まれるはずの子供たちは、成長すると故郷の地球に独立宣言をするだろう。
これでは小説ではなく、予言です。
やはり、小説は完了形で書かなければ説得力がありません。
二十三世紀、人類は宇宙に飛びだした。そして、地球の周辺に植民惑星を建設したのだ。宇宙空間に浮かんだ植民惑星で生まれた子供たちは、成長ののち故郷の地球に独立宣言をした。
全部の文章を過去形で書いてみましたけれども、どこか変でしょうか? 未来のできごとを完了形で書いても小説ならば許されるのです。
ただ、完了形で書くと語尾がどうしても「た」で終わってしまいます。これは文章にリズムがなくなるので注意をしなければなりません。語尾が「た」だけにならないように、文書に工夫をしましょう。
ある事象、事件でも物語でも、あなたがそのことを書いている時点で、書かれていることはもう完了しているので、小説は完了形で書かなければならないのです。
現在形=未完了で書くと臨場感がでるような気がして、つい使いがちです。アクションシーンなどでは多く見かけられます。あまり現在形を多用すると「小説の書き方の常識がなっていない」と思われますので、極力完了形で書くように心がけましょう。
ただ、例外的に現在形=未完了を使う場合があります。
習慣となっていること。これは状態が続いているから、未完了です。例えばこんな感じ。
ヒロシは街で美しい少女見かけると、いつまでも忘れられない。
ずっと思い続けているのでしょうね。でも、決して後をつけないで下さいね。ストーカーになりますから。また、別の例で、動作が続いている状態を述べてみましょう。
タカシはテストの点数が悪かったので、お母さんに正座をさせられている。
そろそろ足が痺れてきた頃でしょう。次回のテストは頑張りましょう。
もうひとつは、歴史的事実を述べるとき。これも未完了で書きます。
人類は猿から進化したといわれている。
いわゆる状態を表す動詞は、その状態が現在も継続しているわけで未完了で書きます。もちろん、その歴史的事実が後の研究で変わってしまった場合は、完了形になります。
人類は猿から進化したといわれていた。しかし、メタボリック症候群に罹患している人はブタから進化したといわれている。
執筆で引きこもるのは仕方ありませんけれども、たまには運動をしましょう。
さて、いよいよ九月末がダイナミックアーク新人賞の〆切です。自分はこんな面白い物語を創れるんだと、是非是非応募して下さい。
楽しみにお待ちしています。
(担当:幸森軍也)




