
第三回 文章を書くときのルール(3)
第三回 文章を書くときのルール(3)
第一回目では原稿用紙の使い方、第二回目では陥りやすい下手な文章について説明しました。
今回もまた、つい書いてしまうマズイ表現について説明したいと思います。
よくいう笑い話に「馬から落ちて、落馬した」があります。「落馬」自体が、馬から落ちる意味の熟語ですから、同じ事を二度いっていて、なんの説明にもなっていないことを笑うのです。
しかし、意外とこの手の意味重複は使ってしまいがちです。例をあげてみましょう。
フレッシュで新鮮な果実を食べた。
文章の中に横文字が入ってくると、かぶってしまっても気づかないことがあります。けれども、この程度ならまだ「変だな?」と感じますよね。
では、同じ表現ですけど、次はどうでしょう。
新しいフレッシュフルーツを食べた。
「フレッシュフルーツ」がひと塊になっているので、あまり違和感がありません。でも「古いフレッシュフルーツがあるか?」と訊かれれば、「ううん……」と考えてしまいませんか。
ところで、日本語の中には「フレッシュフルーツ」などのように本来の元の言語から離れてしまって使われているケースも多々あります。
古いフレッシュジュースを飲んだ
こういう場合は仕方ないでしょう。状況としては、喫茶店でフレッシュジュースを注文して、友達と話しこんでいて、そのジュースがぬるくなってしまったけれども、新規に注文せずにその古いジュースを飲んだのに違いありません。フレッシュジュースという商品名ですから、新しいものもあれば、古いものもあります。
新しいフレッシュジュースを注文した
これも先程と同じく仕方のない例です。ただし、本当は「新しく」と書けば混乱は起きません。
新しくフレッシュジュースを注文した
まだ少し変ですね。「新しい」は形容詞ですから名詞を修飾し、「新しく」だと形容動詞ですから動詞を修飾します。つまり、被修飾語が離れてしまっているので奇妙な感じがするのでしょう。
フレッシュジュースを新しく注文した
これでぴったりと来ました。
このように現代の文章では頻繁に横文字が混入するし、それ自体が別の意味を持っていることもありますから注意が必要です。
ふだん何気なく使っている言葉でも、文章に書くときは、その意味――特に外来語やアルファベットで表現されるNGOとかPKとか――を調べてから間違っていないかどうか確認したいものです。
むろん外来語だけに限りません。日本語でもよく意味のわからない、自分の中で消化されていない言葉を使うと読者に伝わりません。
我々が人類の過去の歴史を展望し回顧するとき、そこに反映してくるものは、人間の権利とは段階的に勝ち取られ、獲得されたものの集積であるとの理解がなされるであろう。
いや、いっていることはわかるんだけど、何もそんなに難しい言葉でいわなくても……と思いませんか。
まあ、ここでも「過去の歴史」とか「勝ち取られ、獲得」とか重複語を使って、なお混乱を招いています。SF小説なら「未来の歴史」もあるでしょうが、歴史とはおおむね過去のことを言います。獲得の意味は「勝ち取る」ですから、同じ言葉を繰り返しています。そのあたりを注意して、書き直してみましょう。
わたしたちが人類の歴史を振り返ってみると、人間の権利とは徐々に獲得されたとわかるだろう。
必ずしも優しい言葉で書かなくてはならないわけではありません。文脈によっては、あるいはそれを喋っているキャラクターによっては難しい単語を羅列する必要もあるとおもいます。
それでも作者の理解を超える、読者に届かない文章はその時点でペケです。やはり作者たるもの、自分が何を書いているのか最低限わかった上で執筆したいものです。
え? なに? 〝言魂様が降りて来て、この作品を書かせたのだ″ですって?
言魂様が書いたとしても、あなたが作者なんですから、ちゃんと推敲してくださいね。
(担当:幸森軍也)




